第66話「春の日に・・・」

あらすじ

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第66話、「春の日に・・・」は、子どもが親に殺されてしまう犯罪が後を絶たないという事実に向き合う、あすかの幼稚園の園長先生が主人公のお話です。あすかの幼稚園では、園児達が帰った後の会議で、お弁当を続けて忘れてくる子、無断欠席が続いている子について職員で話し合い、気になった家には先生や園長先生が家庭訪問をしています。

民生児童委員と一緒に、無断欠席の続く隼人くんの家を訪ね、虐待はあると感じた園長先生。しかし、父親の言い訳を信じ、親の心をもっと理解しないと、という民生児童委員の言葉にすぐに保護の処置をとることが出来ませんでした。その日のうちに、隼人くんが運び込まれたと救急病院から園に電話が入ります。隼人くんが父親に虐待を受け、骨折してしまったというのです。

病院の帰りに、麻美とあすかをみかけた園長先生は、雨が降り出したのであすかの家で雨宿りをします。園長先生が家にいるのがうれしくて、お気に入りのおもちゃを見せ、遊びつかれて眠ってしまったあすかを寝かしつけ、麻美は、「子育てをしながら自分のことを思い出します。」と話します。

子どものいない園長先生は、自分に子育ての経験がないから、ちゃんとした教育ができないのではないかと悩んでいるのでした。麻美は、自分は母になったり、子どもになったりしながら子育てをしている、園長先生も子供の頃の自分と母親のことを思い出せばいいと話をします。

園長先生のお母さんは、昔古文の先生をしていて、仕事が忙しく子どもに手をかけてやれなかったことを後悔しているのでした。自分が仕事をしていた頃と現在の区別がつきにくくなっているお母さんでしたが、園長先生のグチに、第66話のタイトルになっている「ひさかたの光のどけき春の日にしず心なく花の散るらむ」という歌をプレゼントしてくれます。

こののどかな光の春の日に、どうして桜はこんなにせわしげに散り急ぐのだろうか、という歌を送られた園長先生は、急がず焦らず、絶望せず少しずつ前進し、虐待のない、楽しく子育ての出来る家庭を少しでも増やすよう頑張ろうと心に誓うのです。

このお話について一言

子どもって本当にちいさな存在ですよね。ほおっておかれると一人で生きていくことも難しいような、ひとりでは何もできない存在です。その子どもと手をつなぎ、一緒に、焦らず急がず生きていくことが、子どもの回りにいる大人の大切な役割なんだと、改めて気づかされました。

子どもを育てたことのない人でも、立派な教育者になりえます。反対に、いくら自分が実際に親として子育てを経験したとしても、イコールいい先生だとは限らない。結婚もしていないような若い先生に、自分の子育てについてとやかく言われるのは心外だ!という保護者もいるでしょうが、相手は教育のプロなんです。勤めて一年目の先生だって、勉強して、先生になろうという意気込みを持ってこの仕事についているはずなのです。「どうせ、子どもを育てたこともない人の言うことなんて、聞くに値しないわ〜」というような傲慢な心は捨てましょう。

学校と保護者の間に信頼関係がなくなってきていると言われています。その一因には、学校側の不手際や、相次ぐ教員の不祥事もあるでしょう。でも、私には、保護者側の、はじめから学校を疑ってかかっている姿勢にも原因があると思われてなりません。

「うちの子のこと(だけ!?)をちゃんと見てくれないと、教育委員会にでもマスコミにでも訴えていくからね!」とでもいうような、最初からのけんか腰。担任の先生の悪口を平気で子どもに聞かせたり、学校批判をすることが子どもを守ることと勘違いをしたり。もちろん、保護者は全力を挙げて自分の子どもを守るべきですよ。でも、なんでもかんでも学校側に押し付けていいの?本当に学校側だけに落ち度があったのと?疑問に思うことが年々増えているのです。

学校と保護者が反発したり、馴れ合ったりすることなく、共通の考えを持ち、一人ひとりの子どもがいい方向に伸びていくことが出来るように力を合わせて努力する。それがあるべき学校と保護者の間の姿ですよね。この話に出てくるような園長先生なら、子育ての経験のない方であっても全幅の信頼を持って子どもをお任せすることができるでしょうね。

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